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上流階級 其の二(寂しさに貧富の差はない)

其の一を読んで面白かったら、続きを読むのは当然ですよね。ということで、本屋さんへGO。静緒と桝家も関係も気になるし、次々出てくるセレブの方々も面白い。実際のセレブの方々ってどんな人たちなんだろう。そんな妄想もかきたててくれる其の二。
さあ、静緒さんの帰国からスタート!

でも、20年前に考えていたことは何一つ現実になってない。だったら…

20年後はもっと変わってしまっている。今、思ってもいない人生を生きているわ。それに…独りはいや。

20年1単位か…。確かに、約20年前に結婚した。その時思い描いていた、一般的に想像できそうな家族像とは全く違う現実になっている。私、クリスマスには子供に「サンタさんに○○お願いするー」って言われて「○○が売ってない、どうしよう」とか「いつサンタさんをカミングアウトしたらいいんだ」とかで頭を悩ませると思ってたんだけど、そんなことは全くなかった。そもそも、私は子供たちに「お母さん」って言ってほしかったし、そんなの当たり前に言ってもらえると思ってたんだよ。

あの子ね、やりたいことがないって言うのよ

ねえ、今の氷河期世代が小学生の時って「やりたいこと」に向かって一生懸命な子って身近にどれぐらいいた?私が住んでいたド田舎なんてそんな子みたことなかったよ。少年野球をしていた子たちが「日曜日も夏休みも野球やってて、好きなんだねー」ぐらい。勉強だって、学校の宿題ぐらいしかしないし、塾なんてなかったし。スポーツだって少年野球だけ。

やりたいことっていっても、夏休みなんて親は仕事で忙しいからほとんど放置されているか、一緒に田んぼや畑に連れていかれて作業するかだし。今みたいに、子どもの経験格差なんて気にする人すらいなかったんじゃないかな。たまに、お金持ちの家の子が「ディズニーランドにいったらしい」ってのを聞いて「すげー」っていったぐらい。まあ、学年で一人ぐらいだったから行った子の方が肩身が狭くなったんじゃないかと思うぐらい「行った」情報が拡散していた。

便利で楽しいことがいっぱいの今だけど、こんなことまで考えないといけなくなって大変だ。夏休みなんて暇を持て余すもんじゃなかったっけ?

ジジイになって独りで死ぬのなんていやじゃないですか

人はみかけによらないってこういうことなんだろうか…。私が「独りは嫌」って思わなかったのは、私が今独りではないと思えているからじゃないかと思う。
「タブーなしで話せる人が欲しい」そういうことなのかもしれない。夫でも全て話せているかと言えばそうでもないこともあるけれど、でもたいていのことは話せてる。話したいと思うし、共有できる安心感もある。そういうことか…。

だって、今、夫を失うって考えたら怖くて仕方がない。

外商さんは使用人じゃないのよ

こういうことを言える人が外商をスマートに利用できる人なのかなと想像する。全面的に信頼していても、線をひくところはきちんと線を引く。でも、これは外商に限った話ではないんじゃないかな。

利用者として、客として、モラルある行動をとれるようにしたい。ただ、モラルある行動と何も言わず言われるがまま、というのは違うんだろう。「意見を言う」ことをめんどくさがってしまうんだけど、でも、自分のこと以外ならがんばれる時もある。福祉サービスとかね。

福祉サービスの利用者の家族って、言いすぎてヤバい人もいるし、すべてお任せしますって人もいるし、極端にならないようにでも気になることは聞くって中々に難しい。いや、私がヘタレなだけなんだけど…。よき利用者家族になりたいものだ。

ー曰く、羨ましいのは確かだけれど、僻んだってしかたがない

高殿さんのこういうところが好き。氷河期で理不尽なことを味わったけど、でも生きていかないといけないんだもん。どうしようもないことはある、でも今いる状況で前を向かないといけないんだ。

まさか、ものすごく手のかかる子たちを授かると思わなかったし、周りがうらやましく見えた。僻みもあったと思う。でも、僻んだからといって私の生活は変わらないんだ。今いる状況で、進んでいくしかないんだし。ま、私の場合は、コロナ禍でオンラインでできることが増えたり、テイクアウトできるお店ができたことで少しずつ前を向けるようになったんだけどね。

何事もうまく回り始めたと思うとつまずくものだ

まじでそう。ほんとこれ。「やっと、穏やかになるんじゃない?」と思い始めると、思ってもみない事件が起こる。子どもたちなんてほんと、常にどちらかにものすごく手がかかった。いや、手がかかっている。ひと段落したら、また何かが起こるんじゃないかと常に気が休まらない。そしてそこに、自分の体調不良がぶっこまれた。まあ更年期障害に片足突っ込み始めた年齢だしそうなってもおかしくない。ということは、今度は夫がしんどいといい始めてもおかしくないということだ。ほんと、穏やかに安心して暮らすって、めちゃくちゃ難易度高い願いなんだな。

寂しさに貧富の差はない

これさ、母に似たようなことを言ってたと思う。いくらお金があって時間があっても、友達がいないと全然楽しくないよ。と。友達がいてこそ、遊びに行っても楽しいんだからね、ま、遊びに行くのに多少のお金はあったほうがもっと楽しいけどねって。そういうことなんだろうか。つまり、友達だったり家族だったりは(一般的には)お金で買えない。お金だけでは寂しさを埋めることは難しいんだろう。そんな大金を手にしたことがないので本当かどうかはわからないけれど…。

正しさは余裕だ

これも確かにって思える。生きていくうえで余裕とか余白って、あるにこしたことはないんだと思う。そして、それがある生活は豊かな気がする。いつもギリギリで切羽詰まっていると、とっさの判断を間違いそうな気がする。

目先のことだけを考えてしまって、先のことを見越すってできないと思う。だって、まずは今日、明日のことが大事なんだもん。そんな先のことを考える余裕はないから。余裕って大事。そんなだから、余裕がある人が正しいと思えてしまうのかもしれない。

世間に何を言われても、自分は自分だと言い切って孤独に生きられるかどうか

結局はセクシャリティの問題じゃなくて、保険をかけるか自分自身が強くなるかどちらかしかないってことですよね。

そういうことか。「保険をかける」「自分自身が強くなる」これの二択なんだね。つまり、家族をつくるっていうのは「保険をかける」なのかな。そのうえで、自分自身が強くなれるとパーフェクトな堂上のようになれて、人生の選択肢が増えるわけなのか。そんな人をみると、ほんと何も言えない。「彼はできる。僕はできない」という桝家のほうが親近感を感じるよ。

結局は、人生を楽しんでいるかどうかじゃないのかな

これも高殿さんっぽいと思うんだ。どんな状況にいても今の状況で人生を楽しめればいいんだって。人生を楽しむって、お金とか時間とか環境とかそろってないと難しいって思いがちだけど、引きこもっていてもやりようによっては楽しめるんだよ。多分。それでも、人生を楽しむって実はハードルがありそうだ。自分だけ楽しめばいいってものでもないだろうしね。でも、これができるとこれから先が楽しみだ。

うまくいかないほうがうまくいくなんてこともあるのねえ

やりたいことがないといっていた小学生の女の子が、いつのまにかフランス人のお友達ができてネットで話しているとのこと。お互いの言葉がわからないのに。でも、気に入っている理由は「待ってくれるから」。日本人同士だとじっくり考えていると「もういい」と言われるけれど、言葉が通じないフランス人の友達は待ってくれる。言葉が通じないから時間がかかって当たり前なんだけど、それがうまくいく要素だなんて。


なんでもかんでも便利になることがすべてをよくするってわけではないってことなのかな。たとえオンラインで多くの人とつながれても、結局はリアルで会うことは特別なわけで…。どこに価値をおくかでかわるもんね。

おわりに

お金で買えないものって実はたくさんある。それこそ、余裕がないと気が付かない。友達だって家族だって、時間もコネクションも。桁違いのお金があると別かもしれないけれど、医療や福祉もそうじゃないかな。


コスパタイパと、つい疎遠になりがちなことはあるけれど、やっぱり昔ながらのお付き合いは、いままで続いていた人ならば続けたほうがいいんじゃないかなと思う今日この頃。もちろん、代替わりして「もうそういうのは」というのであればそうすればいいんだけどね。その、めんどくさいお付き合いすらも独りにならずにすむイベントの一つだったのかもしれないな。「余裕」をもてるように、ちょっと立ち止まれるように、そんな日々を送れるようになりたいな。

悩み多き年代すべての人に是非。

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