
高殿さんの女性が主人公のお話がとても好き。背中を押してもらえるような、共感してもらえるような、そして「明日からがんばろう」って前を向ける、そんな気になれるから。
それに関西が舞台だと、土地勘があるから余計に没入できる。時代まではさかのぼれなくても、昭和後期なら私もわかる。キャバレーは行ったことがないのでテレビなどで聞いたぐらいだけど。
時代特有のもどかしいことはある。令和と比べると女性のできることはまだまだ少なかった。それでも、その時、みんな精一杯生きたんだ。その精一杯を肯定してもらえるようでグッとくる。
私は、上流階級其の二でいう「保険をかけた」側だけど、ルーの生きざまにはあこがれる。生きざまというか腹のくくり方というか、自分で責任をとるその潔さに。
だって、うちはまだ、ねえさんが何者なのか、知らない
「食べる?」と満月ポンというしょうゆせんべいを渡してくれたねえさん。最高の栄養と美味を誇る完全食のチキンラーメンをちょっと硬めで食べるねえさん。ずっとずっとグランドシャトーにいて、一人、またはルーと二人暮らしの家で質素な暮らしをしていたねえさん。最後の最後まではっきりはしないけれど、お別れ会には昼間の京橋商店街が真っ黒な喪服で埋まってしまうような社葬。弔問やらで、いろいろなことがわかってきてルーだけが知らなかったことも。そんな、尊敬できる人がいる幸せと、そんな尊敬できる人との別れがつらい。
企画なんてそういう、やらんよりまし成分でできとることばかりやで。
定番と言われるようになるころには、みんな忘れとるだけや
多分、そうなんだと思う。「とりあえず」やってみないと始まらない。いきなり定番を作ることはできないし、ハードル下げてまずは出す、それが大事なんだと思う。ブログだって発信活動だってそうなんだと思う。最初の一歩が一番難しい。そのあとは、続けることが難しいんだけど…。
「せどりの女王」でブランゴールの社長は大事なのは「信頼と継続」っていってたと思うんだけど、いや、高殿さんだったかな?まずは一歩踏み出して、そこから続けていくことが大事なんだと思う。その一歩、年齢を重ねるにつれてどんどん腰が重くなってしまうんだけど、踏み出したいよね。
「いつでも帰ってきたらええ」
当たり前にいってもらえる言葉だと思っていたけど、結婚するときに母から言われた言葉は「遊びにくるのはいつ来てもいい。戻ってくるのは一度きりやで」だった。まだまだ私の時代は離婚なんてよっぽどのことがないとできなかったし、離婚して家に帰ってきたら一族大変だった時代だもんな。そういいたくなる母の気持ちもよくわかる。ありがたいことに、何度も実家には遊びに行っているけれど、帰ってはない。
ええか、クリスマスまでにはボロを一掃する
潰れたキャバレーから什器も椅子もソファーもテーブルもただでもらってきたらええ、とのこと。自分らでヘッドカバーを洗濯して、アイロンして、シャンデリアの掃除をして、壁も塗って、畳までいれかえた。なんか、これ、どっかで読んだことない?いわゆるDIY。
98万円で温泉のでる築75年の家を買った、じゃないけれど高殿さんのDIY愛がさく裂してない?大がかりなDIYは大変だけど、重い腰が上がって勢いがあれば一気に変わる。やっぱり、大きいものを変えるとガラッとかわるんだ。あー、私も実家の離れと座敷蔵を快適にしたいものだ。
誰も彼もが楽な方に生きたらええ。ずっとしんどいのがいちばんあかん。そうやな、ねえさん。
そこまで言い切れるほど私は人ができているわけではないけれど、しなくていい苦労はしないでいいと思うし、その手伝いはしていきたいと思っている。障害児を育てていると厳しいことは山ほどある。道なき道を切り開くことは日常茶飯事。前例がありませんも何度も経験している。一つ一つ切り開いていったんだ。
だからといって、次に来る人にも「同じようにがんばるんだ」とは言わない。そんなの前例ができてるんだから、のっかればいいんだよ。もし、余裕ができるなら、次の人への道しるべを置いていってくれと思うぐらいかな。ずっとしんどいとほんとにあかん。ずっとっていうのがどれぐらいの年月かわわからないけれど、自分の亡き後を真剣に考えるようになってしまうころまでずっとしんどいと、悲劇がおこる。どうやったら楽になれるか具体的なことはわからない。人によって違うから。でも、ずっとしんどいが少しでも解消されるようにできることはやっていきたいと思う。
おわりに
私が育った時代のひと世代前ぐらいの話かなー。母だと、もっともっと共感したかもしれない。ねえさんのような人は、そこここにいたかもしれない。そこまで大きなことでなくても、ちょっとお巻きずしを作ったからお隣さん(一人暮らし)へ持っていく。台風が心配やし、ちょっと様子みてこよ。とか。
ド田舎の実家では、ものすごい高齢化限界集落なので、集落が一つの親族のように暮らしている。なんでもかんでも共有されるのは若いときはとても嫌だったけれど、今になってあれはセーフティーネットだったんだと思える。みんなが生きていくために必要なことだったんだ。いや、いまもそうなんだけど…。
母がちょっとねえさん味がある。いろんな人のことを気にかけていて、動いている。後期高齢者目前にして、民生委員も引き受けている。私もちょっと母のねえさん味をうっすらとでも引き継いで、もっと母のことを気にかけていきたい。それで、身の回りでも、ちょっとねえさん味を忘れないように風味だけでも持っておきたいと思う。

やらんよりまし成分をまとうぞ!

