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具体と抽象(わかりやすくてもわかりにくいこともある)

この本は、文フリ京都に行ったときに京都の本屋さんで購入しました。

それは、恵文社一乗寺店。 一度はいってみたいお店ですよね。
昨年も文フリ京都に行ったのですが、残念ながら行くことはできませんでした。

叡電というちょっと乗りなれない電車に乗るか、バスに乗らないと行きにくい。だから、時間に余裕があるときでないと、ちゅうちょしてしまうのだ。

ただ、今回は京都が地元の友人と一緒。なんと、車で連れて行ってくれたので迷うことなく行けました。ただ、次回、一人で行くとなるとまた躊躇してしまうんだろうなと思う…。

素敵なお店だった。この本、初めて見た。仕事で慣れない人との話が苦手なので、もしかしたらこういうことだったりする?ということが気になって手に取った。

「わかりやすさの時代」にどう生きるか?

「わかりやすい」とは、多数派に支持されることを意味するとある。だから、わかりやすい商品のほうが、わかりにくいもののほうが売れるから。だから、わかりやすいことをやっている人のほうが優勢になるし、選挙でも勝ちがちだと…。

ということは、うれる商品や、どういった人が選挙で勝つかで、今の多数派がどれくらいの「わかりやすさ」で生きているかがはかれるということなのかな?

この本の想定読者は2タイプあって、1つは抽象概念を扱う思考力を高めて、発想力や理解力を向上させたいと思う読者、もう1つは、周囲の「具体レベルにのみ生きている人」とのコミュニケーションギャップに悩んでいる人、とのこと。どうやら、まともに意思疎通することは、ほとんど不可能らしい…。

でも、自ら具体と抽象の概念を往復を実践しているのなら、具体の人にあわせてもらうことは難しいんだろうか…。ま、言いたいことがすべて言えたりわかってもらうことは難しいと思うけど…。

そうではないと、切り捨てられる人が一定数でてきそうなんだけどな。

わが家の子供たちは障害児で、具体で説明したらなんとかわかることが増えている状態の子がいる。抽象的なことを具体で説明するのは難しいことも多い。でも、それは私が抽象的なことを理解できないから起こることでもあると思っている。限られた情報で具体をしぼりだすのは難しいことがそれなりにある。

だからといって、諦めたらそれまで。そこを意思疎通することはほとんど不可能…と思われると、辛いなというのが本音。めんどくさいと思うんだけどね。

だから、どう生きていくかというと「たくましく生きていく」しかないんだけど。

言語能力は抽象化能力と表裏一体

確かにそう思う。説明したくても適切な言葉がでてこなかったり、そもそも相手の話している言葉の意味がわからないこともある。いや、単語自体はわかるし日本語だということもわかるのに理解できず頭を通り過ぎていくこともある。もしかしたら、英文和訳をしていて、単語の意味はわかるけど、文章にできない、みたいなことかもしれない。

一つ一つの具体をみて、それぞれのものだけを見る場合と、それらをまとめて想像できることを考える場合で、でてくる言葉は違ってくる。こういったことが積み重なって、すれ違うことがでてくるのかな?

短歌や俳句や哲学など

最近Xを見ていると、短歌の話題が目に付いたり、哲学の話が目に付く。詩や短歌、俳句って何が言いたいのかいまいちわからないので苦手だ。解説があってはじめてわかったり、解説されてもいまひとつピンとこないこともある。哲学にいたっては、日本語なのに理解が難しいという摩訶不思議な状態に陥ってしまう。

古代でも哲学や数学が学ばれたというのなら、大事なことなんだと思う。でも、どうしても簡単に答えが出ないことに対して難しさを感じる。ゆっくりと対話しながら学習する機会があれば別だったかもしれない。私にはおもしろさがわからなかった。

それでも、どんなものかはちょっと興味がある。すぐにやめてしまうだろうけど、気になるものだけでも入門的なものにてを伸ばしてもいいかもしれない。

「抽象化」と「具体化」はセットで考える

どちらかだけでは機能しない!そりゃそうだ、基本的な学習は必要だし、基礎を使って応用を考えるものだから。だから「私なんて」とか「どうせ…」とか思うなら、何か本を読んだり、出かけたり、経験を積むことが必要なんだと思う。抽象化が難しくて手が出ないなら、まずは具体を集めたらいいんだ。それで、たくさん集めてから考えればいいんだ。

何も持っていないのに、どちらも得ようというのはそれはよくばりすぎる。

おわりに

この本を読んだからと言って、抽象的に考えられるようになったわけではない。でも、「私には無理なんだ」と思って、とりあえずは避けておこう、と思っていたけれど、もうすこしあがいてみようと思えた。いろいろと経験を積む。これだけで、半歩踏み出せている感じがするから。

「頭のいい人にいうことはよくわからない」確かに、わからないことは多い。でも、「わかりたい」なら努力してみてもいいと思う。地道なことになるので時間はかかるけれど、絶対に無駄にはならないと思う。

もしかしたら、これが一般教養とか一般常識とかいうものの一種になるかもしれないし。興味があるものにはどんどん首をつっこんでいってみよう!

人との会話をあきらめたくない人に是非

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