ハナヒラのあたまの中〜少数派の子供達との生活〜@こたつむり

乳幼児健診・就学時健康診断でひっかかったらどうする?いっぱい泣いて、いっぱい悩んで一歩ずつ進んだり立ち止まったり振り返ったり・・・。

子供の自己肯定感が低くならないようにとか高めるとか言われるけど障害児ママの自己肯定感って多分ものすごく低い。

こんにちは。今回、ちょっと心の闇を吐き出します。

最近、図太くなってきたし開き直ってきたし、環境も少しずつ変わってきたので心模様も変わってきました。でも、ほんの数年前は暗闇の中でもがいていました。

「私がいない方がいいんじゃないか・・・」

発達障害の子供は、私と子供たちだけの時間に暴れることが多く、私さえいなければもう少し穏やかになるんじゃないかとどれだけ思ったかわかりません。

 子供の発達相談をしたときのアドバイス

健診でひっかかっていたので、最初は保健師さんに色々とアドバイスをいただきました。その後、心理士さんも同席されることもありました。その時の代表的なアドバイス。

「お子さんにゆったりと向き合ってあげてください」

確かに、余裕をもって向き合うことはいいことです。ただ、相談に至るまでの長い期間の間に母の心はズタズタです。容赦ない助言と言う名の糾弾で「私がダメなんだ・・・」と自分はダメな人間なんだとすり込んでいます。

また、同年代の子供たちと出会う子育てセンターでも輪に加わることができず孤独を味わいます。

そんな状態が続く中で「ゆったり」とか「余裕」とかいう概念は崩れています。

そして「どうしたらゆったり向き合えるのだろう」「すぐにイライラしてしまってダメな母親だ」というスパイラル。

「否定ではなく肯定的に接してあげてください」

唯一がんばりました。「ダメ!」ではなく「○○しよう」と言い続けました。正しい行動を言ったり示したりし続けました。何度も何度も何百回も何千回も見ていると「そういうもんだ」と刷り込まれてくれないか(頼むお願い!)と思いました。

最初は「〜はダメ」っていう注意が抜けきらず、いざ肯定的な声かけをしようとしても「じゃあ、どう言えばいいんだ?」と言葉に詰まっていました。もう、慣れでなく修行です。

「スモールステップでできることを積み上げていってください」

「高いハードルを設定していませんか?」と言われます。我が家はハードルが低すぎるって言うかハードルどころか地面の線をまたぐ感覚でした。

  • 地面に引いた線を越える。
  • 地面に貼ってあるテープを越える。
  • 地面に置いてある紐を越える。
  • 地面に置いてある少し太い紐を越える。

こんな感じでしょうか・・・。なかなかステップが進んだ感覚はありませんでしたが、とにかく「少しずつ」を念頭にやっていました。

 

お父さんではなくなぜか「お母さん」へアドバイスされます

お父さんが健診に行くことなんてないので仕方がないのですが(我が家では)、お父さんへのアドバイスの伝言のようなものはありません。おばあちゃんらしき人が連れてこられている時はお母さんへのアドバイスはあるようですが・・・。

日常生活は母の怠慢でうまくまわらないと錯覚してしまう

母が連れて行くので母へ助言があるのは当たり前でしょう。でも、どうしても「できていないのは母のせい」と思ってしまい「がんばっているんだけど・・・」「サボっているわけではないんだけど・・・」と心の中で言い訳し、できていない状況を見て「なんでできないの!」と言ってしまいまた反省。

とある方に「母親のお腹の中でずっといたんだから、子供のすべての責任は母親にある。責任転嫁すべきでないし、一生子供に謝り続けないといけない」という趣旨のことを言われたことがあります。なんとも言えなかったです。その方とは距離を置くようにしました。障害児になるのは母のせいって言われても・・・。

母一人では子供はできないんだけどな・・・。

お父さんは子供と接する時間が少ないから仕方ない?

お父さんはオムツ交換ができなかったり服の着替えができなかったりしても「接する時間が少ないから・・・」と仕方ないねって言ってもらえます。でも、母はダメ。ま、接する時間は長いですからね・・・。24時間365日。

接する時間が短いとできなくてもいいんでしょうか?

でも、パパだって母乳の授乳以外なんでもできる人もいますもんね。これは、男だからとか女だからとか関係ないか。要はやるかやらないか・・・。

子供の自己肯定感を高めるためにがんばる母の自己肯定感は地に落ちる

障害児を持つ親はなんだかんだと子供の情報を集めるために駆けずり回ります。そこで色々な助言・アドバイスをいただきます。一箇所でなくいろんなところで話を聞くため、その度にやるべきこと、やった方がいいことが積み重なります。

通常の育児書に書いてあることだけでも消化できないのにそこに雪だるま式にやることが増えると辛いです。いや、もうできません。

そして、できない自分を責めてしまう・・・。

誰か「それでいいんだよ」って肯定して欲しい・・・。大人だって否定されるより肯定されたいんだなって身にしみて感じた。

その頃には、母の自己肯定感なんて地に落ちています。「私はなんてダメなんだろう」「私がこの子を育てていていいのだろうか」

子供の自己肯定感を高めるために療育等がんばっていますが、母の心はズタズタ。そりゃ、療育をがんばるのに無理がありますね・・・。

じゃあ、どうしたらよかったんだろう

色々愚痴ったところで当時には戻れません。ただ、今の自分の心模様は当時と違ってもう少し自己肯定感も高まっています。

「自分頑張ってる」「多分、大丈夫」

って自分で自分を褒めています。虚しいけれど・・・。

でも、環境が変わってきたことが一番大きいかなと思います。

 

当時私に必要だったことは、同じような子供を持つ先輩ママの知識だったり、この先どういうことがあり、どういう手立てが必要かという知識。そして肯定の言葉。

年中あたりでは、どうしようもないこともあり「逃げてもいいんだ」とか「パニックになる場所には近づかなければいいんだ」という「逃げる・離れる」という勇気。

どうしても「できるようになる」ことが至上命題になっていたのでがんばりずむな生活になっていました。

常に「練習・訓練・慣れる」ではなく、心地いいところ気を使わなくてもいいところへ逃げてもよかったかなと思います。

常に頑張り続けていたかと言えばそうともいえませんが・・・。「もう嫌」「もう無理」って度々逃げてますから・・・。多分、無理な時は逃げてよかったんだ。

まとめ

「収入がない、子供に障害がある、家事が苦手な専業主婦」というとどうしても自己肯定感が地に落ちる。

ま、でも図太くなった神経と開き直った性格とやさしくなってきた環境でなんとか以前よりは精神的に落ち着いています。これが障害受容?障害受容というのがいまひとつよくわかりませんが・・・。

環境が変わるまではものすごくしんどいと思います。その時期が一番しんどかった感じがします。その時に思い悩んでしまう「辛いから逃げてしまった」「もう逃げたい」という言葉を「辛いから避難した」「もう避難したい」って言葉に変えるだけでもチョット違うかなって思います。子供にだけでなく大人にだって肯定的な言葉をつかってみましょう。

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