ハナヒラのあたまの中〜少数派の子供達との生活〜

乳幼児健診・就学時健康診断でひっかかったらどうする?いっぱい泣いて、いっぱい悩んで一歩ずつ進んだり立ち止まったり振り返ったり・・・。

私と先生方と向かっている方向は同じ。でも着地地点はちょっと違う。

またもや、悶々とした日々を過ごしていました。資料づくりの季節なので資料を作るためにパソコンを開くのですが、どうも吐き出すことができない日々でした。

日頃「部屋の乱れは心の乱れ」を実感しています。まさに、昨日までの部屋は乱れに乱れていました。それが少し片付いたのは「子供が友達を連れてくると言ったから・・・」

めっっったに子供が人を連れてくることなんかないので、いい親に見られたい私は掃除機をかけ、ゴミを捨て、洗濯物をしまい、見苦しくない程度の家に変身させました。

そうすると、なぜか泥沼にとらわれていた自分の心にきれいな水が流れ込んできたような気持ち良さがおとづれました。

 

わかっていても家が片付かない

 

片付けると気持ちがかわることを知っていても中々動けない

 

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それなりに、子供たちの支援に関して色々やっていると思います。

初めて診断を受けてから約5年。あの頃から比べたら断然やりやすくなってきました。ただ、成長するに連れて新しい問題が発生するのでどんどん楽になったとは言えません。何かがいい方向に向かっていても、すぐに次の壁が現れるのです。

先生方も色々とその壁を乗り越えるアドバイスをしてくださいます。それぞれの学年に応じた支援をしてくださり、その学年をよりよく過ごすために尽力してくださいます。

 

ただ・・・。親はもっともっと先も見ています。確かに目先のこともものすごく気になるのですが、数年先のことしか考えていないと痛い目をみるのです。

おそらく、小学校で支援学級や通級を考えられている場合すでに中学卒業後の進路について考えられている場合が多いと思います。義務教育でない高校は、受験に関して制約がある場合があるのです。

「知らなかった」

ではすまされない現実があります。

 

また、成人後のことを考えます。できれは親に依存することなく生活してほしいです。身体障害がある場合は難しいことかもしれませんが、精神的には親に依存することなく生活できるようになっていてほしいです。

親は子供をみるのは当たり前かもしれませんが、「いつまでも」みることはできません。経済的にも体力的にも限界はあります。

子供が「なんとか自分で生きていけるように知恵をつけること」これが、今私が子供にできることなのではないかと思っています。

 

自分でできないことがあれば、代替え方法をさがす

わからないことがあれば、誰かに聞く

 

大人になればたいていの人がやっていることです。このやり方を学校生活を送る上で身につけていってほしい。そして、最低限の身の回りのことができ、判断できるようになる。これらができるようになってほしいと思っています。

 

この当たり前のことを身につけるのが難しい。ギャングエイジ突入になると親が手取り足取りというわけにもいかない。悩みは尽きないな。

 

着地地点は違うかもしれないけれど、先生方と向かっている方向は同じ。先生方の方がちょっと手前なだけ。先のことを案じて悩んだり凹んだりしている私に、目の前の成長や問題を教えてくださる先生。

「どうせ抱えている問題は違うし」とヒネくれていたけれど、違う視点でいるからこそ気がつくことがあるんだなと思った。よく、「親の思い」とか「保護者からの意見」とか言われて「なんで必要?」と思っていたけれど、親のガス抜きだけでなく違う視点の発言はなにかしらの気づきになっているのかもしれないなと思った今日この頃です。

 

「今頃気づいた」のです。何度も何度も会議を繰り返し、やっとやっと気がつきました。色んな大人の事情もやっと飲み込めるようになってきました。親もまだまだ「知恵をつける」必要があります。

わからないことを聞くのに誰に聞いたらいいのか考えることも難しいし、自分ができないことの代替え方法を探すのも難しい。

親も失敗を繰り返しただいま勉強中。子供も気長に気長に見ていかないといけないなと思いました。

 

 

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