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ハナヒラのあたまの中〜少数派の子供達との生活〜

乳幼児健診・就学時健康診断でひっかかったらどうする?いっぱい泣いて、いっぱい悩んで一歩ずつ進んだり立ち止まったり振り返ったり・・・。

使い古しの封筒の意味がわからない

使い古しの封筒を、宛名や送り主に線をひいて、お金を入れたり写真を入れたりして再利用することってありますよね。これって発達障害児にとって、とても驚くべきことだったようです。使って当然と思っていた私にとって、逆に驚きました。

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 基本の使い方を理解してルールを守って使う

使い古しの封筒だけではありませんが、基本の使い方に忠実です。ほぼ、違う使い方をしません。例えば、「お箸」はご飯を食べる時に使います。カレーライスはスプーンを使いますが、丼を食べる時には絶対にスプーンは使いません。さらえるのが下手なので、スプーンを使ってでも完食してほしいのですが、無理なようです。

また、「雪女」などでゴキブリを退治します。それを割り箸でつまむと発狂しました。それ以来、目の前で使いませんが・・・。ただ、小学校になり、図工の時間に工作で割り箸を使う機会があったからか、別の使い方も受け入れ始めた気もします。

イレギュラーな使い方がなかなか許容できない

「1対1対応」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか?私は療育施設で初めて聞きました。ものやことば1つに対して、使い方や意味が1つあるということです。当時、年少あたりだったのですが「使い方がわかればいいやん」と思って特に問題にもしていませんでしたが、徐々にそれが大変になることがわかりました。

「お箸」はごはんの時

「割り箸」はごはんの時

そうではない使い方をすることへの拒絶が激しかったです。

また、小学校になり漢字を学習し始めましたが「木」が「き」と読んだり「もく」と読んだりすることが難しいです。漢字は時と場合によって使い分けが必要です。それをするのが困難です。学年があがるにつれて同音異義語も増えてきますし、「どうなるかな・・・」と心配しています。うまく説明できない親で情けないです。

自由に使っていいってどういうこと?

イレギュラーの許容が難しいとともに「自由にしていいよ」も難しいです。「何をしてもいいよ」ということは最大の難関かもしれないです。なので「自由帳」なんかはとても嫌いですね。「何を書いたらいいの!!」と言いながら何もかけないでいます。ただ、なぜか「落書き帳」や「白紙の紙」には気良く書いています。パリパリと破ってすぐにリセットできるのがいいんですかね。

「自由時間」「何をしてもいい時間」「休み時間」など、園や学校に行くと「実際何をするの?」という名前の時間があります。「何をしてもいい」「自由」といいつつ、暗黙の了解で「していいこと」「だめなこと」があるのです。これらの説明なく、「○○時間」を設定してあり「それはダメ」と言われ「じゃー何をしたらいいの!!」となるんですよね。でも、「自分で考えて」となりどうしたらいいのかわからなくなります。せめて、低学年のうちは選択肢があれば、その中から選べるのになと思います。

いきなり、「想像をふくらませて」と言われても、想像できるものが思いつかなければ無理なのです。「本を読んでいないから」「経験がないから」だけで片付けずに、「何を思い浮かべたらいいのかわからないだけ」という思いもくんでもらえるようになればなと思ったりします。

まとめ

絵本の読み聞かせや、いろいろなところでの経験値を重ねる、など親も努力はしています。でも、無理なこともあるのです。一概に「やってないからダメなんだ」「やればできるんだ」と何度も言われると、親は自分を責めるか子供を責めるかのどちらかになります。「やればできる」の「何をやるのか」を大切にするのが一番なのではないかな?と思います。その「何か」がうまくみつけられないので困っている。「何か」は人によっていろいろなんですよね。

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