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ハナヒラのあたまの中〜少数派の子供達との生活〜

乳幼児健診・就学時健康診断でひっかかったらどうする?いっぱい泣いて、いっぱい悩んで一歩ずつ進んだり立ち止まったり振り返ったり・・・。

「自宅での看取りを経験して」高校生の作文に涙がでました。

「第7回『共に生きる社会』めざして 高校生作文コンテスト」(国際医療福祉大、毎日新聞社主催、文部科学省など後援)の最優秀賞の作文に涙がでました。

第7回「共に生きる社会」めざして 高校生作文コンテスト

https://www.iuhw.ac.jp/composition_contest/2016/pdf/saiyushu.pdf

 

 

私は、約10年前に祖父を亡くしました。認知症で徘徊がひどくなり、だんだん足が弱ってきて徘徊も減り、なんとなくまた以前のようにしっかりしたようにみえたり・・・の状態の時に、結婚で家を出ました。

その後、どんどん足が弱くなり歩けなくなって寝たきりになり、徘徊から始まった自宅介護。約10年が自宅で終わりました。

祖母、親族一同は「自宅で逝けてよかった。幸せだった」と口を揃えて言いました。本人にとっても幸せだったと思います。それが願いだったので。

ただ、それを叶えるためにはとてもとても大変だったのです。手続きや連絡をとるのは全て母がしていたので、他の人にはわからなかったのですが、かかりつけ医との信頼関係、きめ細かな連絡がなければ、最悪、警察が自宅にくることになりかねないそうです。

きめ細かな対応をとってくれる「かかりつけ医」他にも色々な方がいてこそ叶えられることなのです。かかりつけ医は「夜中の12時までだったら携帯に電話してきたらいいから」と言ってくださっていたようです。

でも、かかりつけ医は24時間365日出動態勢を取らないといけないのでしょうか?田舎だったので、毎日のようにそういうことはないでしょう。でも、決まった休みがとれないというのは本当に大変です。お酒もゆっくり飲めませんよね。

こんなことを言っていても、いざというときにはすがってしまうのですが・・・。

昔と今を単純に比較することはできませんが、救命率は上がっているでしょう。だからこそ、「看取り」が歪んできたのかもしれませんが・・・。

 高校生の作文をよんで涙がでたのは、彼女の家族がとてもいい雰囲気に感じたからです。訪問看護師の方が彼女に「死後の処置をしませんか?」と声をかけられたとありますが、こういった声かけができる雰囲気の家庭だったのでしょう。作文から、みんながおばあさんのことを大切にされていたのだなと思いました。また、おばあさんも、いいおばあさんだったのだなと感じました。

よくよく考えてみたら、「自宅での看取り」に涙がでたのではなくて、「温かい家族」に涙がでたのかもしれません。ここまで、家族が家族のことをお互いに大事にしあって生活できるのはとてもうらやましく思いました。

私は結婚で家をでたので、祖父の死後のゴタゴタにはほぼノータッチでした。でも、介護が始まってから明らかに親族間でギスギスし始めたのでとてもしんどい思いをしました。祖父が元気だった頃には行き来のあった関係も、一通りのことが終わった今では顔を見ることもなくなりました。私は孫世代なので嫌な思いはたくさんしましたが、実害はほとんどありません。でも、子世代の兄弟姉妹(父を含む)はそうはいきませんでした。

高校生の作文を読んで、もう10年も前の祖父の死がまだ過去にできてない自分があるのかなと思ったことと、ゴタゴタした人間関係をまだ根に持っているのだなと思いました。

「なんで自分ばっかり」と思うことが多い日常生活。

「なんで」「どうして」・・・。

祖父のことのように思って書いていたけれど、今は障害児たちの生活で「なんで」「どうして」三昧の日々。やっぱり、消化不良のことはたくさんあります。

でも、時々親身になって相談にのってくださったりサポートをしてくださる方に出会えることもあります。そんな方が増えてきたこの頃でもあります。不満をあげればきりがありませんが、自分にとってうれしいこともたくさんあります。嬉しかったことをクローズアップしたい!

そしてせめて、家族の集まるこの家の中では、高校生の作文に登場するような温かい雰囲気に囲まれるように暮らしていきたいな。

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